みやぎ移住ガイド

居心地の良さをかみしめる毎日。登米で豊かな暮らしを実感。/舘澤清城さん

移住前の仕事は楽しくてとても充実していたという舘澤 清城さん。国土交通省に勤務する国家公務員として東日本大震災後の石巻市に赴任し、北上川・鳴瀬川の復旧やまちづくりの事業に携わるなど、日々やりがいを感じていたそうです。
しかし、新型コロナウィルス感染症による感染が拡大し、今何が大切なのか、自分と向き合って考える中で見つけたのは「家族を優先したい」という心の奥の強い想い。
かねてより、震災復興事業を通して深い関わりを持つようになった宮城県か地元の岩手県に住みたいと考えていた舘澤さんは、登米市に移住を決意します。
現在、奥様とお子様の3人で登米市での暮らしを楽しむ舘澤さんにお話を伺いました。




人の温かさに触れ「東北」に惚れなおす。


「国土交通省には12年勤務しました。転勤も多く北海道に2年,宮城に3年半、東京には7年くらい住みましたね」と移住前の仕事について話す舘澤さん。
出張で全国の自治体を訪ねる中で、地方で生きる人たちの暮らしぶりを垣間見ていくうちに、次第に「自分も地方に住みたい」と思うようになったそうです。
特に震災後に着任した石巻市での仕事を通して、地元住民の皆さんや一緒に働いた方々の温かさに触れ、あらためて東北が好きになったと舘澤さんは言います。




各地を巡ることで見えてきた故郷の魅力。


そんな舘澤さんのご出身が岩手県盛岡市。子供の頃は盛岡を出て、もっと広い世界に行きたいと考えていたそうです。
「北海道の自由な雰囲気を満喫したくて、北海道の大学に進みました。盛岡は四方を山に囲まれていて狭い感じがして、もっと広い世界に行きたいと思っていました」。当時は自分の地元を「あんまり好きではなかった」という舘澤さん。
その感覚が変わったのは仕事で東京から石巻市に赴任し、東北に帰ってきた事。また、旅行好きで様々な町を巡った事などがきっかけだと言います。
「高校卒業後、盛岡を出ていろんな町に行きましたが、川もきれいだし町のたたずまいも良いし何より自然に恵まれていて、あらためて盛岡っていいなって、30歳くらいの時に気がつきました」
日本各地を巡りその時々に見た「残像」と、生まれ育った盛岡を重ね合わせることで見えてきた故郷の素晴らしさ。舘澤さんの心は故郷の盛岡をはじめとする「東北」に向くようになりました。




前職での経験を活かした仕事がしたい。


舘澤さんの現在の勤務先は「登米村田製作所」。登米市迫町佐沼地区にある世界有数の電子部品メーカーです。
登米市は職場があるだけでなく、自然も豊かで生活環境も整っているうえ、奥様のご実家は隣接する大崎市。そしてご自身の地元である盛岡市もそう遠くないという立地条件であったことも移住の大きな後押しになったそうです。



「様々な地域に赴き沢山の人たちと関わってきました。よそ者の私を受け入れてもらうのにどうしたらよいかを考えていました」
まだ仙石線も復旧していない復興の序盤の頃から始まった復興事業は、今年度ようやく完了するのだそうです。
「震災復旧やまちづくりの事業は,地元の人たちの想いと行政側の構想がかみ合い、双方納得の上で初めて動き出します。そのため、地元の人たちと時間をかけて話し合いました。ときにはお酒を酌み交わすこともありました」
地域の人たちとのコミュニケーションや関わり方を大切にしてきた舘澤さんは当時をこのように教えてくれました。




仕事とのめぐり会いは偶然ではなく必然。


登米村田製作所では人事や総務の仕事を担当しています。転職活動の時から「東北に恩返しがしたい」という想いを抱いていた舘澤さんは、人材育成というミッションを通して地域に恩返しできると考えています。
「弊社では、社員教育、特にリーダー教育に外部講師を招き、スキルや心構え等の育成に力を入れて取り組んでいます」と語る舘澤さん。
今までに培ってきた地域との関わり方等の経験を活かしながら、常に地域貢献を意識しているようです。



「会社には約600人の社員がいます。今私はその中で人事を担当させてもらっているのですが、登米市の人口が約7万人ですから結構な割合ですよね。地域に対する影響力も少なくないと思うんです。人づくり等で地域に還元していくことができたらいいなと思います」と力強く語ってくださいました。
「どうすればみんなが働きやすくなるだろう?どうしたらみんなに喜んでもらえるのだろう?それを考えるのが結構好きなんです」そうはにかみながら話してくれた舘澤さん、お人柄がにじみ出ます。




童話や物語に出てきそうな豊かな自然に囲まれている


お住まいも職場と同じく登米市迫町佐沼地区にあります。「自然が豊かで買い物にも困らない『コンパクトシティ』」舘澤さんはこの町をそう表現します。
「近くにスーパーなど買い物に必要なお店が揃っていて、とても便利。なにより地元産の食材がスーパーで手に入るなんてすごいことだと思っています。ちょっと足を伸ばせば簡単に自然が体感できるし、東京にいた頃には考えられない豊かな環境なんです」



地元の人たちの「あたりまえ」がとても「贅沢」に感じるという舘澤さん。嬉しそうな表情からは、その贅沢な日常を大切に噛みしめながら奥様とお子様の3人で登米市での暮らしを楽しんでいる、そんな姿が鮮明に浮かんできます。
舘澤さんはさらに「休日に車を走らせるだけ、それだけで幸せを感じます。豊かなところで暮らせているんだという実感ですね。首都圏ですと自然を見に行くとなると車でも時間がかかりますし、渋滞したりして一大イベントになってしまいますが、ここはすぐ近くに自然がありとても貴重なことだと思います」



通勤は自転車で5分。一面の田園風景や四季の移ろいを見ながら毎日の通勤を楽しんでいるそうです。そんな舘澤さんが登米を好きになったのにはこんな理由もあるそうで。
「広い田園の中に大きな木があったり、居久根(いぐね)のあるお家があったり、私にとっては童話や物語の世界のようで、今にも童話の主人公が出てきそうで・・。」
豊かな自然だけでなく、都市部ではなかなか見ることができなくかった地域の伝統的な住居や田園風景など、登米市ではあたりまえに存在しているそれら全てが舘澤さんを虜にしているようです。
「お休みの日は、『三滝堂ふれあい公園』に行ってそこで売っているお弁当を河原で食べるのが楽しみ」と語る舘澤さんは、今アウトドアデビューを計画中だそうです。



お仕事や移住された登米市のこと、暮らしぶりなどをお伺いしてきましたが、最後にこんなことを話してくださいました。
「登米の人たちは本当に優しいんです。地域の人も会社の人もみんなです。素敵な素直さというか素朴さというか。私も何か役に立てたらと思うんです」優しい眼差しでこう語る舘澤さん、そんな風に思えるご本人こそが優しいのではないかとインタビューを通して感じました。



(2021.10)

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