移住先そのものが、理想の住まい。安心に護られ、“生きる力”を育む/阿部幹司さん

移住のスタートは地域おこし協力隊


「いざというときに、食べるものさえ自分たちの手で生み出せないなんて。そんな暮らしをしていてはいけない。そう、思ったんです。」
阿部幹司さんの脳裏には、東日本大震災当時の無力感がよみがえります。小さなお子さんを抱え電気やガス、食糧はおろか水さえも絶たれた数日間。なすすべのない自分を、〝非常時だから仕方ない〞と許すことはできなかったといいます。緊急避難の地として訪れた山形県最上町で、阿部さんは里山への移住を決意しました。

古民家での生活

畑を耕し、自らを養うものをできるだけ自らの手で生み出してゆく暮らし。その手始めに、県が推進する「地域おこし協力隊」事業に応募したのです。
「丸森に登米、そして栗原。候補地は、いくつかありました。しかしその中で、古民家に住まう栗原での生活に惹かれるものを感じたんです。」
阿部さんはお子さんと奥さんを最上に残し、単身、栗原へ。当時の仕事は、地域おこし協力隊員として地域のお手伝いをすることでした。


家族によってもたされた今


「自分でも、自分に何ができるのかわからなかった。だからこそ、できそうなことなら何でもやろう、何でも手伝おうと思いました。そういった仕事をコツコツこなしながら、自分がここでどう暮らしていくかをじっくり考えていました。」
何でも興味を持って恐れず取り組む阿部さんに、地域の人々も次第に打ち解け、親身になっていきました。しかし、劇的な変化は奥さんとお子さんの存在によってもたらされたと阿部さんは言います。

阿部さん1

「妻と子どもが栗原にやってきたのは、2012年の4月。このままここで暮らしたい、というほど最上町が好きになっていた彼女でしたが、栗原のこともすぐに大好きになった。奥さんと子どもが〝こんにちは、はじめまして。よろしくお願いします〞と言ったその瞬間から、ご近所の皆さんはまるで親戚の子や孫を迎えるように接してくれたのが、とても嬉しかったです。おもしろいもので、私に対しての信用度も彼女たちによってグンと上がったようです。」

大家族


花山はまるで大きな保育園


花山サンゼットの設立も、家族と近隣の方々の理解や支援あってのもの。太陽光発電と農林業による持続可能な地域づくりと、栗原への移住を考える方々へのサポートや後押し。それが、これからの私の仕事です。

奥さんの幸子さんは、「ここは自分たちにとって理想の子育てができるところ」と言います。

「主人や私が震災時に感じたような無力感を、子どもたちには味わってほしくない。本物の〝生きる力〞を育んでほしい。ここは、それが叶う場所だと思っています。厳しくて優しい自然と、地域の人たち。花山は、まるでひとつの大きな保育園です。自然の中に遊びや学びがあり、地域ぐるみで子どもたちを見守ってくださる。安心して食べられるものと、安心して暮らせる住まい。そして、安心して助けあえる地域コミュニティ。この3つが揃った花山そのものが、私たちの理想の住まいなのだと思います」。

インタビューした人:阿部幹司さん・幸子さん
category: 移住者インタビュー   theme: 栗原市 住まい

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