「人と人との繋がり」から生まれた漁師としての生活/石橋壮太さん

自分が朝獲ったものを夜食べれる、新鮮な経験


石巻の牡蠣を育てる

「小学校、中学校、高校、大学、就職・・それが当たり前の地域に育った。」
そんな環境で育った石橋さんは「自分で物を獲って食べる」一次産業の現場にとても興味があったと言います。石巻との出会いは、2012年4月にピースボートの災害ボランティアとして来たのがきっかけでした。仮設住宅へ行って、年配の方々とお話をするといったことをしていましたが、帰らなければいけない期限があり、後ろ髪引かれながらも一度地元へ戻りました。地元に戻ってから、耳に入ってくる関わった方の訃報や震災の話・・もう一度行きたい。そう思いを募らせ、「イマ、ココ プロジェクト。」に出会いました。イマ、ココ プロジェクト。とは、一週間漁村に滞在してそこの暮らしを楽しみながら、受け入れ先の仕事を手伝うといったことをします。元々一次産業に興味があったのもありすぐに参加を決めました。


参加して3日目で1ケ月の延長を決めた


受け入れ先の牡鹿半島の漁師さんは、何でもやらせてくれる方でした。毎日、様々な経験をされてもらうことで「もっとやりたい」という気持ちが募り、参加して3日目に1ケ月の延長をお願いしました。

漁師として定住する

「すごい、面白かったんです」
一際大きな声で石橋さんはそう言いました。朝、自分が獲ったものを夜食べれる。とても美味しいし、何より「思い入れ」があるのが1番です。また、漁師の働き方も好きになったところの1つでした。今まで自分がしてきた働き方は何時から何時まで、と拘束時間が決まっていて、その時間中は仕事の量に関係なく働くというものでした。
それに対して漁師の働き方は「今日はここまでで終わり」と朝決めます。その仕事が終わらなければ遅くまでかかる反面、早く終われば早く帰れる。そんな頑張りがいのある働き方が肌にあったと言います。

漁師で定住

石橋さんが携わっている主なものは、なまこ・わかめ・一粒貝。蠣(かき)の粒を1つ1つきれいにしていくような地道な作業が多い。その分、船に乗るときの喜びは一際だそうです。また、やりたいと思うことを人に言うと、誰かが声をかけてくれる環境で実際「あなご漁に乗るか?秋刀魚漁に乗るか?」とあちこちからお誘いを受けたりすることも多いと言います。「人と人との繋がりから生まれた良い流れに今乗っている感じです」と嬉しそうに話していた姿が印象的でした。


次の世代にまけない


「3年の間にお金をためて自分の船と資材を揃えて漁港員になりたい」
それが今の石橋さんの目標だそうです。今はお世話になっている漁師さんの紹介で公民館に住んでいます。漁港員になるためには戸籍を石巻に移す必要があったり、ワカメ漁の時期だと朝4時に船が出るので、なるべく浜の近くに住むことも重要です。しかし、牡鹿半島内の家探しはなかなか難しく、そのうち条件に合う物件に出会えればと話していました。

長期の目標は下の世代が大きくなった時には、外から来たと思われないような「いっぱしの漁師」になっていること。同世代の漁師がいないことで比較されることはないけれど、もしいた場合、明らかな差が出ているはず、「次の世代が中学生くらいなので、その子たちに負けられないですよね。」熱い気持ちが言葉の端々から伝わってきます。

最近は仲の良い漁師さんとあまりお金を使わずに釣りをして楽しんでいるとのことです。漁師として餌をつけるのではなくてルアーで釣るというこだわりみたいなのがあるみたいなんです。と教えてくれました。

「新しい環境に身を置くことが好き」と話す石橋さんにとって、色々とチャレンジできる、させてもらえるこの環境は楽しいものに違いないと感じました。落ち着いた話し方とは裏腹に、前向きで熱い想いを秘めた石橋さんのチャレンジは始まったばかりです。

石巻の海

インタビューした人:石橋壮太さん/漁師
category: 移住者インタビュー   theme: 石巻市 住まい

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