田舎暮らしと鳴子風「こけし雑貨」作りで描く夢/加賀浩嗣さん

鳴子の木工「こけし」作家・加賀浩嗣さん


1,000年以上の歴史を誇り、古くから奥州3名湯として名高い「鳴子温泉」は宮城県の県北、山間に位置し、緑の深さと落ち着いた雰囲気が印象的です。ここは東鳴子、鳴子、中山平、鬼首そして川渡の5つ温泉地からなる温泉郷で、湯治場としてのお湯の良さ、豊富な湯量、多様な天然泉質、気軽にはしご湯が楽しめるとあり、温泉好きにはたまらないスポットです。

そんな鳴子温泉の川渡でおもしろい取り組みをしている人がいると伺い訪ねた先は「カガモク」加賀浩嗣さん。浩嗣さんは大阪出身、結婚して5年程の東京暮らしの後、昨年2015年の6月、奥様の道さんのふるさと・川渡に移住しました。鳴子といえば温泉同様に有名なのが「鳴子こけし」。年々、職人が減少する中、鳴子は工人(こうじん)と呼ばれる「こけし」のプロ職人が20名程と、工人数が最も多い産地です。浩嗣さんは現在「こけし」をモチーフにした作品を作っています。

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東北出身の私の実家にも「こけし」があったなぁとふと思い出しましたが、自分で買ったこともなければ、貰ったこともありません。若い方で「こけし」をはじめるとは、よっぽど「こけし」に深い思い入れがある方か、変わった方なのかな、商売になるんだろうか?と勝手に想像と心配をしながら訪ねました。

浩嗣さん宅で早々お目見えしたのが棚いっぱいに並んだ「こけし」。こけし専用棚でもあるのかと思うほど、こけしが鎮座していました。鳴子のイメージカットにもなりそうな「こけし」の大群に圧倒されながら「本当にこけし屋さんだ」と思っていると「こっちが私のです」と浩嗣さんはその棚の一番手前にちょこんと置いてある木工細工を差しました。それはとても小さく、鯉のぼりの形をしており、よく見ると鯉のぼりから「こけし」が顔をのぞかせています。もう一方の餅つきの臼の中にはお餅の形の「こけし」が隠れていました。「こけし」自体が約3センチほど。レゴブロックの木工・和風版、というと少しイメージがつきやすいかもしれません。浩嗣さんは、大きくて存在感のある昔ながらの伝統「こけし」とは異なる「鳴子こけし風の木工こけし」を作っていました。

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大阪、東京、そして鳴子へ移住


浩嗣さんと道さんの出会いは京都の学生寮。そこからお付き合いをはじめ、学校を卒業した後は遠距離恋愛、道さんは東京で仕事をしていました。その当時は浩嗣さんは理学療法士として働き、木工は趣味だったそう。大阪の都会育ちの浩嗣さんには、道さんとの出会いが人生の大きな転機になります。「ふるさと」を大切に想う気持ち、豊かな自然の中でのくらし、お祭りのことなど、地元のことを嬉しそうに話す道さんの話から、自分には地元にそこまでの想い入れが無いと感じた浩嗣さんは、どんどん田舎暮らしに魅かれ、いつかは田舎暮らしをしたいと思うようになったそうです。

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「こけし」との出会いも、道さんがいたから。何度か鳴子を訪れる中で、看板、電話ボックス、マンホール…と町の至る所に「こけし」があしらわれているのを見て、ここにも!あんなところにも!と、だんだんと愛着を持ったそうです。「町全体に刷り込まれた感じ。ハマってしまったんです」と、笑います。

結婚を機に、2人で東京で暮らしはじめ、浩嗣さんは木工職人としての仕事をスタートしました。

ある日浩嗣さんに「こんなん作ったんやけど」と、道さんは「こけし」付きの箸を見せられたそうです。初めて作ったそれは、「こけし」には程遠いものだったけれど「縄文時代、弥生時代…とだんだんに進化した感じ」と道さんは懐かしそうに微笑みます。いつか田舎暮らしをするならば、道さんのふるさと・鳴子。「ただの田舎町ではなく、鳴子には強烈な個性の「こけし」がある!」浩嗣さんは「こけし」があったからこそ、鳴子でやっていけると感じたと言います。東京でも仕事の傍ら「こけし雑貨」作りに勤しみました。

2人目の子どもの誕生を機に、いよいよ鳴子への移住を決めます。浩嗣さんに不安は無かったのでしょうか?「彼女の人柄を見ていると、生い立ちが影響しているなあと思うことがたくさんあって。自分の子どもも、そんな風に育てたいと思って」と浩嗣さん。道さんへの愛情に溢れています。ご実家が商売をしていたこともあり、確かに明るく朗らか、社交的な道さんは、地域のみんなに愛されていることが伺えます。待望のUターンだったに違いありません。そんな道さんと並ぶ浩嗣さんも、今ではすっかり加賀家、そして町の一員。地域の行事や集まりにも積極的に参加をしています。



田舎暮らしと鳴子風「こけし雑貨」作り


「今、第三次こけしブームなんです!」浩嗣さんのひと言に、そんなブームがあるのかと調べてみると、確かに「こけし本」が出版されていたり、「こけ女」なる熱狂的なファンもいるようです。懐かしさ、温もりが感じられる、と「こけし」は癒しアイテムとして、新たな人気を博しています。

特に、浩嗣さんの「こけし雑貨」はミニチュアサイズ。ただ置いておくのではなく、「こけし」がひょっこり顔を出すものやら、工事現場がモチーフになっていたりと、遊べる「こけし」です。「関西人なので、笑いがないとダメなんです」と浩嗣さん。鳴子風の柄をあしらいながらも、そこには浩嗣さんのオリジナリティが溢れています。

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「工人さんが普段作らないものを作りたいんです」
道さんが補足してくれます。歳月をかけ、技を極めた伝統こけし職人を「工人さん」と呼ぶ口調には、親しみと敬意がにじみます。古くから受け継がれてきた伝統を尊重しながら、外から来た浩嗣さんだからこそ感じるこけしの魅力を表現したいと、轆轤にこだわらず、木工機械を駆使して「こけし雑貨」を制作しています。浩嗣さん曰く『伝統的な「こけし」と雑貨の間くらいの「こけし」』なのだとか。指先でつまめるほどの小さな「こけし雑貨」に鳴子への想いがぎゅっと詰まっています。

こけし作りはあくまで目的を達成するための手段の一つ。こけしをきっかけに町を元気にしたいと、道さんは「こけし」が主人公の手描き絵本も手掛けはじめました。競合するのではなく、上手く棲み分けをすることで、昔ながらの工人さんや町の人たちからも「頑張っているね」「応援しているよ」と評価も上々です。



田舎暮らしで得た、豊かな未来


浩嗣さんのお宅は、田舎では珍しく徒歩圏内で何でも揃います。お子様の保育園の通園も大切なコミュニケーションの時間で、冬は子どもをソリに乗せて保育園に通います。季節の移ろいを感じながらの送迎は仕事の息抜きにもなると、浩嗣さんは「有意義な時間」と表現していました。

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そんな小さなコミュニティで楽しく暮らすには、人付き合いが何より大切。川渡には温泉街ならでは、現役の「温泉共同浴場」があり、住民は毎日のお風呂にこちらへ通います。「うちの子どもなんかも、可愛がってもらっていますよ」と、嬉しそうな浩嗣さん。「裸の付き合いって、結構いいもんですよ」と共同浴場は浩嗣さんにとっても貴重な住民との交流の場となっています。

現在、浩嗣さんは新店舗を建設中です。建物の基礎や解らない部分は大工さんに指導してもらいながら、自分の手で仕上げていきます。木を削ったり、加工する場所は道さんの同級生に借りているそうです。「ここでやって行けているのは、本当に彼女の存在は大きいです」全く知らない土地に一人でやってきたら、1年足らずでここまでできなかったはずです。

浩嗣さんの「こけし」づくり、鳴子への移住は道さんをきっかけにはじまり、次のステージへと向かっています。 それは道さんも同様で「町を元気にしたい」、その想いを一緒に叶える最高のパートナーが浩嗣さんなのです。建設中の新店舗は、人が集う場所に…2人の夢は広がります。お互いを思いやる姿は本当に微笑ましく、静かで穏やかな町にふさわしい、やさしさの溢れる浩嗣さんご夫婦の今後、そして鳴子の町が楽しみです。

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インタビューした人:加賀浩嗣さん
category: 移住者インタビュー   theme: 大崎市 暮らす

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