「人生のビジョン」を見据えたUターン/阿部直人さん

宮城県へUターンを決断するまでの1年間


「全壊」・・東日本大震災で石巻市小竹浜にあった実家を失った阿部さん。幸いにも家族は無事でしたが、当時東京で大手飲料メーカーの関連会社に勤めていたため、震災以降毎週末夜行バスを乗り継いで帰省する日々が続きました。

家族と話し合いながら自宅の再建を目指す中で、「故郷に戻って復興を支えたい」という思いが徐々に強まり、帰省のたびに就職先を探しました。復興への自身の思いを伝え、地元の会社を回り、いろいろな人に会い続けて1年ほどが過ぎた頃、石巻日日新聞社の社長さんに出会いました。話を聞くうちに「この人となら10年、20年後も一緒に働いていきたい!」と強く感じ。再就職を決意。現在は、仙台市泉区・富谷町地域みっちゃく生活情報誌「とみぃず!」の編集・発行に全力を注いでいます。

石巻新聞


40代の移住は「仕事」が最重要キー


多くの場合、移住構想の軸になるのは「年齢」です。もしも60代で移住を考える場合、のんびりと宮城の地を満喫する生活になるでしょう。震災当時39歳だった阿部さんは、移住後のビジョンとして「仕事」が最重要キーでした。

一般的に収入・待遇面は3割減といわれ、東京と同じ所得レベルを求めるのは難しい環境ですが、それでもこの土地に住んでみればわかる良さがあると、阿部さんは胸を張ります。同時に40代前後の方々が宮城で能力や技術を活かせるように、企業と行政が受け入れ体制を整える必要性があると感じます。


地元宮城に再発見


石巻阿部さん

移住というと北海道や沖縄など大自然に豊かな暮らしを求める人も多いようですが、反面それなりの影響もあるものです。その点、宮城は大雪・台風・猛暑も比較的少なく、利便性や新鮮な食材にも恵まれた、じつに暮らしやすいところです。

東京での深夜まで働くような暮らしから、宮城に戻った今、仕事以外の多くのことに魅力を感じています。また、人や地域の関わりにも宮城の良さがあります。都会のひとは「伝え上手」ですが、こちらでは「聞き上手」が重要です。地域に行事や祭りに参加して地元の人々とコミュニケーションをとると早く馴染めます。「Uターン編集者として、移住者にも役立つ地域情報を発信し続けますので、ぜひ活用してください!」と、移住者への声援をいただきました。

インタビューした人:阿部直人さん/株式会社石巻日日新聞社 ホームページ
category: 移住者インタビュー   theme: 働く 石巻市

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